自分を知りなさい

三年前大学に入ったばかりの時、早速友達を作るために、なるべく自分自身を出そうとした。同級生と知り合いたかったので、自分の性格に反してジョハリの窓の1部分を大切にして、社会的で、明るくて、おおらかな自分を作り出した。多くの友達ができたが、少々時間がたつと、その友達と仲が良くなくなってきて、話さなくなってきた。友達を作るために性格を変えようとしたため、初めから友達の性格が合わせられなかったのであろう。

それで、一年生の時の経験によって成長し、自分を全て出さなくても良いという意識ができた。つまりジョハリの窓の3項目の大切さを認めてきた。ジョハリの窓の1部分が大きれば大きいほど、自分のプライバシーがなくなってしまうのではないだろうか。このように見てみると、自分の隠したい部分を守るために、窓の3の部分も大切にする必要があるということになる。生まれてから死ぬまで、人間は実際に一人で存在している。人間関係という立場から見てみると、人生には他人との関係も大事であるが、最も大切なのは、いかに自分の他人に表せない部分と一緒に存在できるかという問題である。他人隠していた秘密をとうとう打ち明けると安心できるという場合もあるが、言葉で表せない考えを持っていない人はいないであろう。そのような分かってもらえない感じを持っているのは寂しさの原因の一つだと言えるかもしれないが、自分の表せない、不思議な部分を受け入れれば、寂しさがなくなるのではないだろうか。このような考え方は古代ギリシャにある有名なデルポィというお寺に書かれている格言に見られる。「自分を知りなさい」という格言だ。

自分のことを知るのは格言ではなくて、喜びだと思われる。自分が知らなっかた新鮮な部分を見つけるのは人生の楽しみの一つなので、私は窓の4の部分を大きくしたい。人間はまるで川のようにいつも流れていて、変化しているので、未来にもまだ意識していない性格の部分を知ることができるに違いない。